真夏も過ぎた八月の後半、天気は晴天、雲一つない輝くばかりの空。残暑はまだまだ厳しくて、立っていても座っていても動いていても、とにかく、暑い。額や首筋を伝う汗がぬぐってもぬぐっても流れ落ちてきて、なかなかその不快感とオサラバできなかった。じりじりと焼け付くみたいに肌が痛い。
喧噪、でもそれは嫌いじゃない。人の多いところは、俺は好きだ。賑やかだし、自分がそこに紛れてる感じがするのがいい。
「なあ」
「ハーイ?」
「誰だよナンパしに行こうっつったの」
「先輩だよ」
そんな真夏の真っ昼間、喧噪の場所、イコール遊園地。
どこからともなく流れ出てくるファンシーでポップな気分になれるBGMと、子供の笑い声。蝉の鳴き声が聞こえない代わりに、別世界となったこの場所には異国のメロディが溢れてる。当然のようにアトラクションはどこも混んでいるし、土産売場もレストランも満員状態。まごうことなき遊園地にあるべき姿だ。うん、日本もまだまだ平和だな。俺は一安心。
さっきなんか着ぐるみが出てきてるの見た。滅多にない、っていうわけじゃないけど、そうそう毎日見るものでもないから「へえー」なんつって感心したもんだった。こんなクソ暑いのにね、よくやるよ。
そんな中、遊園地のちょうど中腹にあるベンチにふたりで並んだ俺と先輩。ほかに友達を待ってるわけでも、これからどこに行こうか算段してるわけでもない。
正真正銘の手持ちぶさただ。
なんでこんなところに男二人が並んでいるかというと、ま、原因は先輩にある。
その先輩本人はいらついてるらしい、というよりは、いらついてる。端から見ててもそれが分かる。絶好調でイライラマックスってかんじ。
「誰だよ遊園地だったらナンパしほーだいとか言ったの」
「いやだから先輩だって」
「なんっで女子のグループいねーんだよ! っんで家族連れとカップルばっか? なんだよ呪いか独り身は来んなっつう呪い? 教訓? おかしーだろ夏だろ!」
そうですね。いや、呪いとか教訓は知らないけど。
この真夏の午後、なぜ俺と先輩はわざわざ日曜快晴の日を選んで遊園地まで来たかと言うと、ナンパをするためだった。現在進行形で。
ナンパを、するために来た。
少なくとも先輩の今日のスケジュールはナンパで、俺はぶっちゃけその付き添いだ。昨日の夜、唐突にメールが来て、その内容もまた唐突で「明日ナンパしに行こうぜ、遊園地なら絶対女子多いって(にこちゃんマーク+ハテナとびっくりマーク)」というものだった。
まあ、先輩に献身的な後輩に最初から拒否権はないわけだ。先輩もそれを分かってるから俺を誘ったんだろうし、都合のいいことに特にすべき用事も俺には無かった。暇だったんだ。だから軽く「いいですよ」と返事をした。
電車に乗って約一時間。誰でも知ってるテーマパークに野郎二人で突入したはいいけれど、昼飯前になってもまだ収穫はなし。
先輩が言った通り、周りは家族連れとカップルばっかりだ。声を掛けるにも、女子だけのグループと言えば小学生か中学生ばかり。俺たちに年相応な高校生ないし年上女子大学生というグループはなぜか皆無だった。日曜なのに。
しかもカップルに至ってはこのクソ暑い中手なんて握ってる。腕組んでたりとか。がんばるなあ、と俺は早くもあったかい気持ちで見守る体勢なんだけど、先輩はそれがとてつもなく不愉快らしくて、さっきから舌打ちを繰り返している。暑さもいらだちを後押ししてるんだろう。
途中で買ったスポーツドリンクがもう温い。
俺はそれを喉に無理矢理流し込んで、隣でイライラとカップルを見渡す先輩を盗み見た。
「ちくしょうどいつもこいつも彼氏持ちとかあ……なんで俺に彼女できねーんだよおかしいだろ絶対おかしい」
「先輩ってさ、えり好みし過ぎなんじゃないすか。胸がどうとか顔がどうとか口に出しちゃうし」
「好みは大事だろーが」
「大事ですけど、それをまたおおっぴらにすんのは違うっていうかー」
あまり気の入ってるわけじゃない軽口を返すと、先輩はそれ以上言い返してこなかった。「あーあ」と大きな声を出してベンチにぐったりと背中を預けてしまう。これはもう、やる気ないんだろうなー。
俺も同じように背もたれに寄りかかって、照り返しの眩しい地面の方を向いた。首筋にまた汗が伝う。
「カワイー女の子との俺の夏が……」
先輩は残念そうだった。声が沈んでる。
「そう思うなら夏休み前にナンパしましょーって」
「だって夏休み前は、……」
「……いーじゃん付き合い直せば。先輩がいーよって言えば、また付き合えるって」
先輩はなにも言わなかった。言えないんだと思う。
先輩は、夏休み前にはきちんと彼女がいた。先輩の学年ではけっこーかわいい部類に入る女子で、俺の学年でもそこそこ名前がとおっていた。確かテニス部で、明るくて愛嬌もある。なんだそのゲームのキャラみたいなのってぐらいに出来すぎた、まるで絵に描いたみたいな女子だったんだけど、まあ、なんていうか俺はあんまり好きじゃなかった。俺はね。
夏休み前にどうして別れたのか、詳しいことは聞いてないんだけど、彼女の方が悪いらしいというのは俺も知ってる。ウワキ、とか、そういう感じのことだったんじゃないかな。先輩はこれで結構、なんていうかセンチメンタルっていうか、ロマンチストだし夢見てるタイプだ。プリクラとか余裕で貼るし、彼女に合わせてお揃いとか持ってる人だ。彼女の自慢とかもしてくる。俺はいつも、それを受け流しながらも聞いてた。
彼女のことは大事にしてたんだろう。先輩はモテるけど、目に見えてたくさんの女子と付き合ってるわけじゃないし、いつだって真剣ってのが分かる。俺ですら分かるんだ。だからそもそも、こんなナンパなんてするような人じゃない。
なんて言えばいいのか、今の先輩はすごく惨めだし、可哀想だった。
「はー……も、いっか。帰るか」
「えーせっかく来たのに。どーせだから遊んでいきましょーって」
「だってこんなカップルばっかの見ててなんか、萎える」
またね、そういうこと言うしさ。
こういう先輩は見てて惨めだし、可哀想で俺はそれが気に入らない。先輩はさ、いつだって底抜けに明るくて前向きなのが取り柄だろ。
でも、それを俺が言うのはちょっと違くて、言葉にするにはまだ材料が足りてなかった。立場とか、タイミングとか。俺はまだそこまで到達してないんだ。
俺はその先輩の元カノが好きじゃなかったし、だから、っていうわけじゃないけど、何か手伝えたり慰めになるんだったら付き合おうかなとは思っているんだ。早く元気になっちゃえばいいしさ。そんな浮気なんかする女止めてよかったじゃん、とは言えないんだけど(だってそれは先輩が傷つくでしょ)出来るなら早く次に行ってほしい。
わかったよ、と俺は膝を軽く叩いて立ち上がった。
先輩が目で追ってくる。
「じゃ、俺がナンパするから先輩が選んで」
「? 選ぶって」
「いいか悪いかを、さ」
「なんだよ急にやる気出しやがって」
先輩は周りを見渡した。どこかに適当な女子の集団でもいるのかと探すみたいに。でも、残念でした、やっぱりいるのはカップルと家族連れ、俺たちには物足りない小中学生ばかり。先輩はすぐにまた俺を見上げなおして、呆れたように足を投げ出した。無駄だって、というような顔をしてる。
俺はそんな顔を見て、少し笑ってしまった。
傷心につけ込むわけじゃないんだけど。おまけに、ダメもとなんだけどさ。これで嫌われたら相当バカだし、でも、今しかないだろ。もう夏が終わっちゃうんだから。
玉砕覚悟ってのが夏らしくていいんじゃないの。
「ね、先輩。俺と付き合ってください」
***
年下年上のお話