バイバイ電話するよ

 免許を取ってすぐに、幼なじみの男に連絡をした。直紀はそれをとても喜んでくれて、すぐに自分の車でどこかへ行こうとあたしを誘ってくれた。初心者に新車を運転させるなんて、どんな神経してんだと思ったけれど、車が大好きな直紀が運転席を譲ってくれたことがあたしは本当に嬉しかった。
「就職ってさあ、決まったんだっけ? どんなことするの?」
「IT関係だよ、あいてぃー。言ってもわかんねーだろうけど」
「ナオはパソコンとかいじんの得意だもんねー前っから。自作パソコンとか作ったのの残骸が部屋にいっぱいあるじゃん」
「ちょっと捨てたよ」
「なんでー? もったいない」
「俺東京行くから」
 高速道路を走る教習は一回しかやらなかったけれど、あたしは当然のようにあの100キロもスピードが出る道路に悠々と進入していった。直紀もそれを止めなかった。多分、いざとなったら自分が運転すればいいか、くらいのつもりだったのかもしれない。あたしはなにも言わず、とにかくスピードを上げる。
「上京?」
「まーそーいう感じ。本社になったんだもん配属」
「それすっごいじゃん」
「別にすごくねーだろ。新人なんだし本社でいじめられてこいっつーハラじゃん?」
 あたしと直紀は小学校の頃からずっと幼なじみで、中学に入ってなんとなく話さなくなった時期もあったけど、結局はいつも一緒にいた。男女に分かれたグループだって、修学旅行の班が違ったって、やっぱりどこかであたしは直紀に、直紀はあたしに甘えて一緒にいたんだろう。高校だって当然のように同じところを受験した。別にお互い、どこを受験するなんて言わなかったのに、同じ場所だったんだ。それが当然だと思ってた。
 高校二年の秋に、マミちゃんがあたしに言ったことを今でも覚えてる。あいつはあんたが好きなんじゃないの、あんたはあいつと付き合わないの。それは疑問というよりも当然導き出される真実だとでも言いたげな口調だった。あたしは違うよって、すぐに言った。なんで即答だったのかは今でもよく分からない。でも、直紀が東京に行くと言った瞬間、あたしはさらに車のスピードを上げた。
「……あーあのさ、彼女はどうすんの? ユイちゃんだっけ」
「んーでもあいつ一浪してっからどうせ大学こっちだし」
「別れんの?」
「んー……」
「かわいそうじゃん。ナオのこと好き好きオーラ出まくりでさ」
「それがうっとうしいっつうか、……別に嫌いとかじゃなくってさ」
 直紀の言い方には、あんなにラブラブしてたユイちゃんとの愛のやり取りがこれっぽっちも見えないくらい冷めていた。ユイちゃんはかわいそうだ。本当に。毎日メールをして、時々お弁当とか作ったりして、直紀と撮ったプリクラをあたしに嬉しそうに見せてくれたりして、今時ないくらい可愛い子だったのに。確かに少しうっとうしいところもあったし、もしかしたら彼女の計算のうちだったのかもしれないけど、それがユイちゃんの甘え方なんだなって思えば可愛いものなのに。かわいそうな、ユイちゃん。
 直紀は話題をわざと変えて、矛先をあたしに向けた。
「おまえどーすんの」
「就職決まんないしなー……適当にバイトしてまた就活する」
「東京出たいっつってたのは?」
「ちょっと保留」
「ふうん」
 パーキングの標識が見えて、あたしは左へウインカを上げる。車線を変更して、徐々にスピードを落としていった。それでもまだ70キロ。このままつっこんだら確実に死ねる早さだ。だって確か、五階立てのビルから飛び降りるくらいの衝撃だって教本に書いてあったし。
 直紀は寒かったのか、開けっ放しだった窓を閉めた。カーラジオの音量ツマミをひねって、徐々に音を小さくしていく。エンジン音が車の中にこもったみたいだった。
 カチ、カチ、カチ、とウインカがうるさい。
「あたしね。今女の子と付き合ってんだけど」
「ふー……ん? あ? えっなにそれさりげなーくカミングアウトした、今?」
 パーキングは明るかった。15キロごとに置かれてるんだっけ、パーキングエリア。ハンドルを右に切りながら、適当にあいている駐車スペースを探す。初心者のあたしは並んだ車の隙間に滑り込むでもなく、縦列駐車をする気もなく、だだっぴろい前後左右に何もないエリアの一番端へ車を止めた。直紀の新車は、ここまで無事に傷つくことなく到達できた。運転に疲れて腕を伸ばすおじさんや、大型バスの仰々しい広告が目に入る。あたしも直紀も、シートベルトを外さなかった。
「えーそれは、さ、いつから付き合ってんの?」
「大学入ったくらい? よく覚えてないんだけど」
「お前彼氏いるって……」
「あーだって彼女がいますっつってもみんな引くか冗談に取るかじゃん。だから彼氏って言ってた方が、面倒じゃないし。そんなんはどーでもいいし」
「へーえ……あ、そう……」
 直紀は動揺してるみたいだった。当然かもしれない。幼なじみの女に女のコイビトがいるなんて、そんなマンガみたいな展開。若干引き気味、というよりはどうしたらいいか分からない、という雰囲気がばればれだった。あたしは直紀を見たけれど、直紀はあたしから視線をはずしたまま、外に並ぶ自販機を見ているようだった。
 あたしと直紀の「当然」は、多分少しずつ「当然じゃない」に変わったんだろう。あたしにとっては当然でも、直紀にとってはそうじゃないんだ。逆も同じ。あたしはちょっとだけ優越感を抱いていた。自分でも、ちょっとこれは卑屈だと思う。けど、その卑屈に気づかなかった振りをして、また話を直紀に戻した。
「東京行くなんて知らなかった」
「あー……だってさ、それはわかんねーじゃん、決まるまで」
「でもナオもさ、あたしに彼女がいるって知らなかったからいいよね」
「はあ?」
「連絡はしてよ、時々。新しい彼女出来たら、教えて」
 直紀はちょっと間を開けてから、りょーかいって呟いた。
 それからあたしと直紀は、座る場所を交換した。何か外で買おうと思ったけれど、思っただけで行かなかった。運転席に座った直紀は、あたしよりずっと荒っぽい運転でパーキングから出ると、来た道を戻っていった。
 カーステレオの音は小さいまま、二人とも喋らなかったし、けど窓も開けなかった。



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せっかく教習所通ったので思いつき話