ひとりぼっちの7

 わたしは、欠陥している。いわゆる、欠陥品。部品がどこか、欠けている、ということ。お前は欠陥品だ、と言われたことはない。しかし、わたしは欠陥している、と自覚をもって言うことができるのである。自覚による申告ほど確かなものはないはずであるのに、誰もがそんなはずはない、と口を揃えて一笑にふし、それ以上わたしに何かを言うことはない。
 わたしは、欠陥している。わたしは人間がごくあたりまえに生まれ、いきて、しんでいくまでと同じ工程を同じように得るため生まれてきた。ひとりきりでは生まれることができない。父がいて、母がいる。しかし、人間がごくあたりまえに持つ感情のごくある一部を欠落している。わたしは、誰かにあいされたい。誰かをあいしたい。けれども、わたしは、誰かがわたしをあいさなくなってしまうまえに、その誰かの前から消えてしまいたい。わたしは、長く生きていたくはない。
 ひとりきりでは生きていくことができない。しかし、しぬことならば出来るだろう。たったひとりきりで、逆を言えばひとりきりで出来るくらいに、「し」というのはあまりにも脆弱で簡単な存在なのである。引き金をひくことはとてつもなく簡単なのだと、日々の情報を得ていておもう。
 わたしはひとりきりでしにたい。できることならば、わたしをあいするすべての人が、わたしをあいさなくなってしまってから、しんでしまいたい。わたしは、だれにもあいされたくはない。だれも、わたしをあいさないでください。
ひとは、ひとりでしぬことができるのだから。わたしを、いつかあいさなくなるくらいならば、さいしょから、わたしのことなど、あいさないで、ください。
 わたしを、あいさないで、わたしを、あいすると、いうのなら、わたしと、いっしょう、しぬまで、わたしが、ひとりきり、で、しぬまで、だれをも、あいさないと、あいさないと、あいさないと、あいさないと、あいさないと、

「あいさないとわたしはこわれてしまう」



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一部修正(20110419)