『起きてる?』
たった一言、というよりは一文。そう打ち込まれたゴシック体の文字が小さなディスプレイ上に映し出される。真っ暗な部屋の中で開いたケータイ電話の液晶は馬鹿みたいに明るくて、知らず俺は眉を寄せていた。ぐにゃ、と視線の先が歪んで、ケータイを持ってないほうの手で目を擦る。いったい何時だと思ってんだ、と頭に浮かんだ。エコーのように二度、三度と、いったい何時だと思ってんだ、と浮かんでは消えた。ええと、今は、何時だ。ディスプレイの右上に記された小さな時間を読み取り、はーとため息をついて枕の横にケータイを投げ出した。
ばかか、こんな時間に起きてるわけないだろう。俺は夜10時きっかりに布団にもぐりこんで明日に備える健全型思考の男子だ。すっかり夢の中、かどうかは記憶が定かじゃないが、夢を見るくらい寝入っていたことは確かである。流行の女性シンガーの歌声が、耳元でけたたましく鳴り響いてそれもまさに諸行無常。夏の世の夢の如しなり、ふざけんな、今は冬手前だ。
乾いて張り付いた喉の痛みを感じながら、投げ出したケータイを寝転んだまま掴んだ。布団の内側で、もう一度ディスプレイを明るくさせながら文字を読む。『起きてる?』 いや、起きてねえ。正確に言うと起きた。だから、俺はそのまま打ち込んだ。
『起きた。起こすな。寝てた。』
送信、送信完了しました、ああご苦労さん。もういいだろ、と再びケータイを投げ出したきっかり三十秒後、魅惑の歌声を披露する小さなスピーカーの穴。
『あーごめん。でも良かった。ごめん、ほんと夜遅いのに お前寝てたよねーごめん』
そんなにごめんごめんと謝るくらいなら最初から送ってくるな、というより再送信するな、と言いたかった。俺の喉は張り付いて痛いから声が出ない。かちかちかち、と指先を怠慢に動かして返信メールを打ち込む。
『用もないのに送ってくんな ねむい』
こうして律儀に返事をしてやる自分こそが馬鹿みたいにお人よしだとは思ったが、仕方ない。仕方ない理由があるから、こうして馬鹿みたいになっているんだ。動かない頭をなんとか納得させるように、瞼の後ろ側で文字が浮かんでは消えていく。もう俺のすべては再び夢の中へ半分以上、足を突っ込んでいた。夕方からの飲み会が祟ってるに違いない。だから飲み会って嫌なんだ、と苛立ちを上乗せして数秒。以下略。けたたましくて、ああいったいなんだってんだ、俺は眠いんだ。
『なんか、ちょっと、お前に会いたくなっちゃって ごめん』
くそこの馬鹿野郎、隣の部屋なんだから勝手に入って来いってんだ!
***
言わなきゃわかんない言い訳:
学校とか会社とかの寮でもなんでもいいんだが、とにかく隣人からである、と