「遠藤」
「えぅ、ちょっどした、の? 高遠?」
ちょっと待ったちょっと待ったちょっと、えっ、あのさ神様ちょっとこれは唐突すぎやしない? 俺なんかそんな良い行いしたっけ? 善行とかやっちゃった? 確かにこの前電車乗った時お年寄りとベビーカー引っ張ったおかーさんに席譲ったけど。コンビニでラス1だったファンタオレンジも小学生に譲ってあげたけど。小倉には聞きたがってたCD貸したし、つい昨日の体育じゃシュート決める活躍もしたけど。これまでの人生のすべての善行が今返ってきてんの? ちょっと誰か教えてくんない!?
高遠が、俺を見てる。
ベッドの上で。俺の上に乗っかって。俺はまさに、高遠に今まさに押し倒されて、そんで、乗っかられて、なんか、ちょっと意味分かんない。
「なんだよ、嫌じゃねーだろ」
「嫌とか嫌じゃないんだけどあの高遠ちょっと待ってよどーしたんなんのサービス? え? つうかえろい……」
高遠が不機嫌そうに眼鏡を外す。俺の腰のあたりに跨って……跨ってんだよ!? 信じられるか!? つうか、正直この体勢、ちょ、くるんですけど止めてちょっと! やばいやばいこの角度ちょーやべえエロい、とかいうレベルじゃねんじゃねってくらいにエロいんですけ、ど!!
俺は動くに動けない。高遠は自分のシャツのボタンを、自分で外していく。俺はバカみたいに唾を飲み込んで、それを見上げてるしかできない。
顔が近づいて、高遠の手が俺のほっぺただとか、首筋とかに触る。くすぐったいけど、高遠の指が冷たくて気持ちいい。息が近い。うわ、俺たぶんちょー鼻伸びてる、っつうかぜってーだらしない顔してんじゃん?
「馬鹿面」
ふって、高遠が鼻で笑う。不機嫌そうな中に、こうやって時々機嫌いい高遠が分かる。どっちかっていうとさ、今日のはそんなかでも特別機嫌がいい感じで、あー俺、今すげーときめいた。心臓鳴った。すんごい、でかい音で鳴った。
「てか……起ってんじゃねーよ、早いって」
「うっわーあ……いやそれはなんていうか高遠? さま? が? エロいからっていうかこの体勢ね、高遠がっ! っううわああちょなんだよなにほんっとマジどしたん!?」
「様って、お前。バカじゃねえの」
高遠が笑いながら手を下げる。俺の、――に服の上から触って(もー高遠がエロすぎてちょっと俺はっきり言葉にできねーよ!!! 察してくれって!!!)形をなぞるみたいに撫でていく。うわ、鳥肌たちそーどうしてくれんの。やば、なんのサービスなんだこれ。なん、これイメプ?
こんなことしねーのに。いつもならぜってーしない。してって言ったってしない、別にしなくても高遠は俺を愛してくれてるし最後までやらせてくれっから問題ないんだけど、こんな触り方、今までない。
なんか悪いもん飲んだ? っていうよりイイモノ飲んじゃった? さいいんざい、とか、そういう……? びやく、的な……? 世の中にそーいうもんがマジ存在するのかはさておき、高遠が飲んじまったのかもさておき、とにかく今俺はこのなんつー幸せ絶頂の光景と体勢と高遠に、誰に向かって礼を言えばいいのか分かんない。あー俺の日本語ゲシュタルト崩壊だって!
「良いだろたまには、俺だってそーいう気分の時くらいあるんだよ」
「えっ乱れちゃいたい的な……?」
「ん、そーかも」
――神様俺に高遠をくれてありがとう御座います。この幸せの恩は一生かけて返します、マジ、ビバハレルヤ!!!
エロい綺麗エロいやべえ、高遠、ほんと好きで、どうしたらいいの俺。誘われてるんだよな? 夢じゃないよな? そっと両手を伸ばして高遠に触ってみる。避けられないし、嫌な顔もされないし、どっちかっていうと少し笑った気がした。そのまま項に触って、少し引っ張ってみる。すると高遠は簡単に俺に近づいて、高遠の薄いくちびるが、俺に、重なった。
「うわ」
「なんだよ」
「高遠」
「だからなんだよ」
「すげー好き」
「そーだな」
ああもうダメだ。今すぐ全部脱がして今すぐやりたい、っていうかもう高遠の全部に触りたいし高遠全部ほしい。俺愛されすぎてる。俺の愛とか好きとかそーいうのが全部高遠に伝わったんだ。幸せすぎてしにそう。マジで。
高遠が目をつむって、手とか口とか、そういう場所だけで俺に触っていく。見ないのを楽しんでるみたいに、時々笑ってる気配がする。俺も高遠に触って、ボタンのはずれたシャツを肩から落とす。あんま焼けてなくて引き締まってる高遠の体、すげー綺麗なんだよ、これが無防備にもさらされてんのかと思うと、もー俺ダメだ。
「高遠、好きだよ」
「ん」
「高遠も俺が好きっしょ?」
「いちいち聞くなよ、わかってんだから」
高遠は俺に「もう黙れよ」っつって俺のくちびるを指でなでた。えっっっっ……っろ。食べていいだろこれはもう、ハイゴーサインでましたーっつって、――高遠ほんと、愛してるよ大好きだよ、色っぽくてカッコよくてエロくて最高の高遠。ほんと好きなんだ。
「――うっわこれなにうわー! ええっろ! こんな高遠見たことねーし、えっちょなにこれ、えっ瀬戸ってこーいう話とか好きなの? なんだっけビーエルとかいう?」
「ああちょっとあの……! え、遠藤くんそんなに大きい声出さないでお願い、お願いしますごめんなさい本当にごめんなさいあの返して……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ちょっともっかい読ませて今度これ目指して俺頑張っちゃうし」
瀬戸真実は縮こまるしかない。小さなノートに書きつづった出来心を、やはり出来心でクラスメイトが見せてというから見せてしまったのだ。というよりは、見られてしまったのが運の尽きだった。
それが赤の他人ならまだしも、当事者であるにも関わらず「はいどうぞ」としてしまったのは、ほんの少しばかり浮かんだ嬉しさが一瞬だけ勝ってしまったからだ。だが、そのせいで今はなんて痛いことをしたのだろう、と心中えぐられる気持ちだ。えぐっているのはもちろん自分である。
胸を押さえて、泣きたい気持ちを堪えながら、ただひたすら教室の隅の席に座っている高遠に向けて懺悔を繰り返す。
ごめんなさい高遠くん、ネタにしてごめんなさい、どうか遠藤くんがこのことを高遠くんに言いませんように、そうじゃなきゃあたし明日から学校に来れなくなっちゃう、本当にごめんなさいもうしませんから! 全部嘘ですから! ごめんなさい!
そんな瀬戸真実の心中は知らず、高遠は雑誌をめくる。隣でPSPを操作していた小倉が顔を上げた。
「……なあ、高遠」
「なんだよ」
「瀬戸がこっち見てなんか拝んでるけど、お前なんかしたのか」
「知らない」
「遠藤テンションたけーなマジ」
「ほんときもいな、あれ。早く爆発なり惨死なりすればいいのに」
***
まさかまさか。