君は、君は、だって君は

 梅雨の季節になると、高遠は機嫌が悪くなる。第一朝起きるのが億劫そうになって、なかなか迎えに行っても出てこないことが多い。まあ大抵そういう日は高遠の部屋に上がり込んで俺が起こしてあげんだけど! モーニングコールってやつだよ、やーいいよ、寝起きの高遠。高遠の髪は癖がなくってね、すげーサラッサラしてんのキューティクルってやつ。アジエンスだよファイナルアジエンス。近づくとほんのりシャンプーの残り香みたいな、なんかいい雰囲気じゃねそーいうの。
「高遠ーおっはー俺だよ!」
 でも知ってる、まだ寝てるの知ってる。ベッドに頭まで埋もれるくらいもぐって、まだまだ夢の中っていう高遠。外は雨の音がした。そんなん激しい感じじゃねーけど、これだと高遠は外行くのヤだろうなーってのが分かるくらいには雨。きっと今日一日は続くんだろうなって空。
 高遠はやっぱり、っていうか、それなりに? 陸部だしね、雨の日とか嫌いなんだろう。走れないとかいうのが気に入らないのかもしらん。朝練とか行かないくせにさー大体午後とか放課後の練習だってまじめに行ってんのかって言われたら、高遠はまあ、行ってないって方だろうね。なのに陸部のホープなんだ、期待されてんだよー高遠。すごくね、俺の高遠くんってば流石! でも陸部の部長がこの前嘆いてたも俺は知ってる。っていうかあの野郎やっぱ高遠のこと狙ってんじゃね? 放課後の誰もいないグラウンドで高遠とふたりっきりとかマジゆるさねーってかあり得ないし! それは俺のポジションっしょだって俺は高遠のこと愛してんだよ? それに俺は高遠に愛されてんだよ誰よりも! それがあの陸部部長はわかってねーんだわマジおかしい。今度一回シメてやらんときっと後でとんでもないことになる。
 眼鏡をかけてない高遠はちょっと新鮮で、っていうか、そのなんていうの、美人さがよく分かるっての? 高遠はすげー美人だしその上でエロいんだよ。でもこうやって眠ってるだけの高遠はエロいっていうより、なんか可愛い。静かに寝てる。眠れる森の美男子みたい。むしろそのものっしょや! でも本気で眠れるうんぬんだと困るなーと思って、それに息してっか正直怪しいから、俺はちょっとだけ高遠の顔に耳を近づけてみる。
 ――うん、大丈夫っぽい。ちゃんと息はしてる。でも高遠は俺が近づいたことがわかったのか、少しだけ身動きをして体の向きを変えようとした。かわいい。
「高遠ー朝だよーってか学校行かねーのー」
 ハイ反応なーし。多少眉を動かした程度。たぶん高遠はまだ夢の中。外は雨のせいで朝だってのに少し薄暗くて、高遠のシンプルイズベストオブシンプルな部屋はよりいっそう暗く感じた。もしかしたら、まだ夢っていうよりもまだ夜だと勘違いしてんのかもしらんな高遠は。俺はそっと高遠の顔にかかった布団を下げて、それから頭を撫でてみる。目元を触って、頬をくすぐる。
「あ」
 高遠が目を開いた。
 うっすく、ぼんやり、一瞬だけ数ミリ持ち上げてまた閉じる。何回かそうやって瞬きみたいなのを繰り返して、ぐぐぐっと眉が寄った。あーいいなーこーいう顔が見れるから寝起きの高遠も大好き。いいっしょなんか特別って感じ。俺だけしか見られんのだよこーいう顔! それっていうのはさ、つまり愛じゃん? 愛がなせる技なんだよ。
「高遠」
「……てめえ……」
「ほらもう起きんと遅れるよってかもう遅れる時間だけどさー雨降ってっけどどーする? 行く? 行くなら制服出すけど、あっあとお前のねーちゃんが朝飯はパンで頼むって言ってた」
「……うぜえ。おもい……どけ」
 ご機嫌ナナメの高遠くん。が、俺がどいたところで高遠は体を起こす気配すらない。ちょっとだけ首を動かして、窓の外の景色をちらっと見てから舌打ちをしてまた枕に頭を埋めた。ちなみにカーテンを開けたのは俺。白い光が高遠の薄暗い部屋に入るよーにね、ってかまあその分雨の気配も濃厚に入ってくるわけなんだけどさ。
 高遠が起きそうにないから、俺はまた高遠の頭を撫でた。
「やめろ」
 そう、高遠が言う。んだよもー照れちゃって! 可愛いんだから高遠、てかなにその言い方。ツンデレ? いわゆる今はやりのツンデレ? いやでも高遠はどっちかつうとクーデレって感じなんだけどね!
「今日は俺もじゃー休もっかなー」
「……なんで」
「高遠が起きないから?」
「きも……」
「あっ寝てて大丈夫俺がセンセーにはちゃんと連絡してやっから! あと陸部? まーそれは適当にメールでもしといてやるし、一日くらい平気っしょ今日科学あったのもまあだるいし問題なくね。あっじゃあ俺ちょっと家に戻って昨日の残りもん持ってくるわ昨日俺んち茶碗蒸しだったんよ高遠の分も残ってるからさー」
「……きもい」
 高遠は掠れた声でそう言って、俺をベッドの中から見上げてにらんだ。眼鏡がなくてよく見えないのかもしれない、だいぶ目を細くしてやってる時みたいに眉を寄せてる顔。ああもーいとおしくってなんないね! 朝からそんな顔すんなってばもー。押し倒したくなっちゃうだろ、いやもう高遠は倒れてるけどさ、朝なのにね、いやいや朝だからこそテンションだだ上がりせん?
 俺ってば愛されてるなあ。とりあえずは各所に連絡せんとな、そしたら俺はまず高遠の為に朝飯の準備をしてやって、それから茶碗蒸し取りに戻って、んで高遠をもっかい起こしてあげよーかな。やっさーしく起こしてやろーかな。それとも早く起きなきゃ襲っちゃうぞ? みたいな? やめろよバカ、って高遠がきっと俺の頭を小突いたりするんだろそれでさ! なにこれ新婚さん? みたいじゃん? やっべどーしよう俺が旦那さんかな、いやでも高遠が旦那さんでもいいかも、それすげーちょっかっこいいじゃん! ああでも捨てがたいな奥さんの高遠と旦那さんの高遠。やべえ。ときめく。ときめかね?
「ときめかねーよ声に出てんだよ息すんな死ね」



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欠席理由:雨だったので