君を食す

 不思議な味がして、俺は体を起こす。
「あ」
「……んだよ」
 ベッドの上、高遠が崩れた体育座り、俺はその上にかぶさるようにしてシーツの上に手をついてる。つまりそういう体勢だ。胸がどきどきするっていう体勢。
 このまま押し倒せばいける、ってか半分くらいはいってたそのゼロ距離で高遠が文句を言った。俺が押し倒そうとして、でもそれを途中でやめたりすると聞ける文句だ。まさに今みたいな状況な。けっこうレア。そういうのを聞くと、高遠も心のどっかでは俺が押し倒そうとするのを望んでるんじゃないかって淡くあまーいささやかな期待が脳味噌を満たす。うんうん、俺って愛されてるよね!
 上唇にさわって、下唇をあむって噛んだ瞬間、舌にじわりと甘味がひろがった。なんだろ、これ。
「高遠、なんか美味しい」
「きもいんですけど」
「なんだろ? あーなんだろなんか、甘いんだけど高遠の口……もしかしてこれが高遠のキスの味? 初恋の味はレモンっての嘘だった?」
「もうどっからきもいっつって良いのかわかんねーきもい」
 高遠の唇は、俺とキスをしたその唇は舐めると甘い砂糖の味がした。純粋に甘いだけの、ケーキの上とかにのっかってるような砂糖味。今までそんなことなかったのに、どうして今日だけそんな味がするのか分からない。
 俺はもう一度確かめたくなって、高遠の唇に首を伸ばす。
「きもいっつってんだろ」
 うっ高遠ちょっと、それは反則だって。こともあろうに高遠くんは膝で俺の鳩尾を蹴りあげ、ついでに顎をイナバウアーの要領で後ろに押し返してくださった。えっわからん? だからこうさ、顎をぐっと押し返したんだよ高遠は。俺の喉は気道確保! みたいな状態だよ。つまりキスはもうさせてくれないってこと。ってか痛い痛い痛いこれ地味っいや地味じゃないすげー痛いからやめて高遠! てかなんかこれデジャヴ? もしかしてまた夢? どっから夢?
 すっかりシラケてしまったのか、高遠はチッ! って大きい隠しもしない舌打ちをしてから、枕元に転がしていためがねをつまみ上げた。最近、度が落ちたと言って新しいのに変えためがね。細い銀色のフレームが高遠の顔によく似合う。まるで美人家庭教師、いやそれだとちょっとえろびくさいから、美人委員長ってとこだな。高遠は実際頭もよくって陸部のホープらしいんだけど、委員長とかやってないし。パロディっぽくていいじゃん。てか、俺高遠がまじめに走ったりしてるとこ見たことないんですけどー。
「高遠が甘かったんだよ」
 全く効果がないことは知ってるけど、俺はベッドから下りる高遠の手を引いて、冷ややかに俺を見下す目を見つめ返す。こういう顔も好きだ。なんて言おうか一瞬考えてる顔。
 高遠は俺をバカにした重たいため息をついた。ついでに鼻で笑う。えろいなーこいつほんっと。左足だけをベッドに乗せたまま、不安定な体勢で俺の手は振り払わない。
 今日の高遠はいつもに増してえろい。何度も言うけど。第二ボタンまで外しただけのワイシャツがものすっごくえろい。正確には、外したボタンの隙間から見える肌がえっっっろ。高遠が首を曲げると、高遠の伸びた前髪が目を隠す。
「さっきガム噛んでたからじゃね」
「ガム? 飴ちゃんでなくて?」
「なんで飴にチャン付けんだよきもいな」
「えーっつかガムの味が高遠に移ったってことかよーなにそれ俺を差し置いてひどくねっ! もっかいキスしよう高遠」
「ガムとでもしてろ死ねよ」
 そういって高遠は、俺の手にいつのまにかガムを握らせた。十二個で百五十円、コンビニのレジ横においてあるお手軽ガム。ショッキングピンクと紫を混ぜたようなパッケージの色と、それと同じガムの本体。これが高遠の唇の味。
「俺の初恋の味いただきい!」
「きもい」



***
たぶん夢だ