東条くんの悩み

 世の中において、これだけははっきりと、絶対だって言えることがある。俺は中学の後半になるまで、世の中には「絶対」なんてものは「絶対」ないと思っていたんだ。ちょっとした矛盾が作るメビウスの輪みたいに。
「なあー東条さあ、いっつも金持ってんじゃん。ちょっと貸して!」
「えっあの……でも、」
「貸してっつてんじゃん!」
「でも……」
「なんだよマジこいつマジ生意気なんだけど? ちょっとこいよなあ、いーじゃん貸してくれたってさあ」
 いいか、お前ら。
 この世の中において、はっきりと絶対だって言えることを教えてやる。
 その貧相で見た目からしていかにもいじめやすそうな、金だけは持っててびくびくしてる野郎はな、真性のドMなんだ。救いようがない変態って言い換えたっていい。お前らに見せてるその弱っちい態度も、ぼそぼそしててよく聞こえない声も、実は全部作ってるだけなんだ。東条はそういう、くっだらない演技だけがものすごく巧い奴なんだ。虐げられる為には努力を惜しまない奴なんだ。
 ――と、俺は本当に教えてやりたいのだが、そうしたらしたでまた東条を喜ばせるだけかと思うと、なんだかなあ。
「あっあのっ……ほん、ほんと、俺お金なんっ」
「嘘つけよ! いーから出せよ! オイちょっとこいつ押さえてろ」
「らっじゃー」
「やっやめ! あっ……」
 そう、本当にMの奴ってのは、なにをしても基本的に喜ぶんだ。東条に関してはそうだと俺は断言できる。絶対だ。
 殴る蹴るひっぱたくは勿論、悪口シカト侮蔑罵声虐げとにかく喜ぶ。じゃあ放っておきゃいいのかと言えばそうでもなく、放置プレイだとか訳の分からないことを言ってまた喜ぶ。普通の奴が普通に言われて傷つく言葉も、態度も、東条にかかったら単なる幸せのひとつでしかない。なにをどうしたって、最終的には東条を喜ばせる。
 唯一、東条が嫌な顔をすんのは、人から優しくされることだ。気遣われること、本気で心配をされること。全く何だってんだ、意味わかんねー思考回路しやがって!
 悲愴感たっぷりの、情緒あふれる恐怖に満ちた顔をして、東条は財布を取り上げた奴らを順に見渡した。奴らはテンション高い奇声をあげながら、東条の財布の中身を確認している。ああ、あの調子じゃ今日は五万くらい入ってんな。どっから捻出してんだよその金。
「すっげえ! やばくね? やばくね?」
「あっ……あの……」
「なんだよ」
「おっおれっ俺の財布っ返して……」
「はァ?」
「なんでー?」
「きもい奴がこんなに金持っててどーすんだよ! うっぜえなマジお前」
 肩を押されて、大げさによろめいて、地面にケツからダイブ。それだけで奴らはバカ笑いをして東条を見るし、その目つきと言ったら弱いものの上に立ったと思いこんでるバカそのものだ。ちょっとでも東条が反発したり、睨むように見上げれば頭にきて、またちょっかいを出す。例えばこの場合、蹴るとか。だって東条転がってっしな。まあ起こして殴るよりは、テメーも痛くないし楽だ。
 ――あー、やっぱり。
 東条のわき腹あたりに軽いジャブみたいな蹴りが入って、東条がまた大げさに腹を抱える。一人がやると、他の連中もおもしろくなって、次第にそれはエスカレートする。
 東条を囲んで、蹴る。それが強かろうが、弱かろうが、とにかくダメージを与えて楽しむっていう集団心理に基づくらしいアレ。
 でも東条が笑ってるのを俺は知ってる。わざと苦しそうに声を出して、いや苦しいのはマジかもしらんが、あいつはその苦しいのが好きらしいし、好きなことをされてんだから笑うのは当然だろう。絶対、頭ん中じゃもっと蹴ってくれとか、もっといろいろひどいことを言ってほしいって思ってるに違いない。
 世の中本当、よく出来すぎている。
「昼休み終わんじゃね?」
「だなー行くか」
 奴らは有意義な休み時間を過ごし、財布の中身を手に入れ、用無しになったアディダスの黒い財布をそのへんに捨てた。つまり、東条が傷つくように、わざと垣根の中に。まあ傷ついてるどころか、にやついてるとみた。
 俺は一部始終をすべて見終えて、深くため息をついた。
 窓を開けて、中庭でまだうずくまっている東条に声をかける。
「オイ、東条」
 東条は上を向いた。その一瞬の表情が、(予想していたとはいえ)ものすごく嬉しそうにしていたのに俺はドン引いた。実生活で「恍惚」なんて言葉、使ったりするか? 俺は今まさに使いたい。
 そして東条は、校舎の真ん中に視線をきょろきょろと向けて、俺を見つけると「またか」みたいな顔をした。こいつ、マジふざけてる。このド変態め。――とは、喜ばせるだけなので絶対に言わない。
「早くあがってこい。授業始まんぞ」
「財布捜すからいいよ」
「んなもん放課後でいいだろ、早くしろ」
「うるさいな、ほっとけよ」
 ああ、こいつ、東条、人がせっかく心配してやってもこれだ。東条はいい加減、自分の変態な性癖とか、それによって俺がどれだけ迷惑を被っているかをよくよく考えた方がいい。ただ迷惑をかけられてるのは俺だけであって、他の誰もは東条を被害者だと思ってるし、それに対して同情したり、見て見ぬ振りをしたりして、結局なにも状況は良くならない。誰もこの現状を知らないんだ。俺以外は。
 世の中がよく出来すぎていて、例えドMを断絶する法律が出来たとしても、それは最終的にドMの奴を喜ばせるだけかと思うと、俺は本当に頭が痛い。

 

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パート2 ジャブ程度に