「お前マジきもいんだよ! 死ね!」
「マジやべーこいつ、笑ってんのきもいんですけどー」
「おいなんか言えよ東条」
俺の幼なじみは、ベタベタなシチュレーションなことに体育館裏で不良に絡まれていた。不良っつか、なんだ。人殴ったりカツアゲしたりする程度の、でも万引きとか警察の世話になるような事は絶対に出来ない程度の、どこにでもいる中途半端な不良だ。見た目もふつう。服装も普通。死ねとか言うのやめよーねー。
多分俺の方が不良に見えんだろうな、とおもむろに自分の格好を見下ろす。一応、これでも普通のつもりだ。事実普通の格好しかしていない。でもどうも頭だけで判断されがちである。ノリでブリーチとかしなきゃ良かった。
「オイ、……なにやってんのお前ら」
「っ……小倉、いや、別に」
ほーらな。話しかけただけで動揺してる。別に俺は不良じゃねーんだけど、他人から怖がられてるという自覚はある。あとは、こういうことへの、後ろめたさ。
他人を殴って、好き勝手な事言ってたことへの罪悪感とか、悪さを見られたことへの憤りとか、まあ分かんなくはない。親や教師に露見することが怖いんだろうし、それでどうなるかってとこは多分考えてないんだろうけど、とにかく「これは悪いことだ」って分かってるからこその動揺が見て取れる。
ただ俺も出来るだけ冷静を装いながら、ガン付けて真ん中で転がるようにうずくまってる東条を最後に見たわけだが。ああ、なにやってんだろうこいつ。
けっこうこれが効果あったらしい。
中途半端な不良くんたちは、口々に聞き取りにくい弁解を言って、へらへらっと笑って、そそくさと去っていったのでした。めでたしめでたし。
……ただし物語には続きがあって、俺は転がってる東条を助けたかったわけでも、正義の味方ぶりたかったわけでも、逆にこれから俺が東条をいじめるわけでもない。
まったく、めでたくない。
めでたくないのは、こいつだ、東条秋久。
「……でさ、東条、お前バカだろ」
「はは……」
東条は、どうしようもない。
東条は、見るからに弱くて、運動は絶対だめって感じで、だからって勉強が出来るかと言えば中の中。実は俺よりバカ。ただし本気でやれば絶対に頭はいい。
特技趣味は端から見てる限り見あたらなく、気づけば静かによくわからんSF系の科学文庫を読んでるタイプ。きもいとか、オタクとか、根拠のないレッテルを貼られてそれでもヘラヘラしてるから、よくああやって半端な不良に絡まれる。冗談で金出せって言われても、最後に本気で財布を差し出すところも東条の悪いところだ。
つまり、いじめやすいし、いじめてくださいって言ってるような風貌というか、雰囲気をしている。見てるだけでイライラするって言われてることもあったっけ、こいつ。
実に良くできてる。
世の中、バカみたいに良くできてる。
いつから世界はこんな都合よくできてしまったのか。
「そろそろ止めりゃーいんじゃないの、こーいうの。流石に痛いだろーよ」
「別に、平気」
「はー……あのさ、俺が言うのもマジお節介だと思うんだけどさ、お前、あいつらに悪いなーとか思わねえ? よっぽどお前のが悪いことしてるよ」
そう言うと、東条はなんか恥ずかしそうに口元を歪めて笑った。殴られた頬をずっとさすっている。まるで大事なものみたいに。
俺はそれを見て、ああこいつどうしよう、と思った。本当に、なんか、どうしようもなくって。俺に睨まれて逃げていったあいつらが、なんか哀れになってくるんだ。もちろんそれにはきちんとした理由もあって、何故かと言うなら、目の前の東条に非があるのは明らかなんだ。ただそれを多分、俺以外の誰も気づいていないし、東条も気づかせてないだけだ。
まだ座り込んだままの東条の前にしゃがんで、俺は出来るだけ重たく聞こえるように声を落とす。真剣に、真面目に怒られてるんだって東条に分からせるためにだ。
「あんな、……カツアゲされて殴られる為に金持ち歩くの止めろ」
「……」
「わざわざきもいとか言われる本読んだりな、興味もねーくせにアイドル雑誌落としたりすんのも止めろ。金の無駄遣いをするな。ついでに時間も無駄だ」
「……」
「あーあとな、バカ相手に挑発するようなこと言うのも止めろ。頭悪い振りすんのも。お前んとこのオバサン泣いてたぞこの前。どーしてそーいう加減だけ巧いんだよ」
「小倉」
「なに」
東条は(多分不良たちに取り上げられて踏まれてぐちゃぐちゃになった)鞄を拾い上げて、俺を見ながらものすごく迷惑そうな悲しい顔をした。
俺はあきれてものも言えない。
俺の真摯な怒りは全く伝わらなかったらしく、東条はいっそふてぶてしいほどのため息をついて言った。
「心配とか、ほんと、迷惑だ」
「そっれっはあ……!お前が悪いんだろこのバッ……じゃねえ、いいからとにかく心配さすな、人様に迷惑をかけんな」
「かけてないだろ……。なんかさ、ないのほんと……もっと、お前のそういうところは世の中の邪魔だいなくなれ、とか、お前みたいな愚図は死んじまえみたいな」
「うるっせえドM、落ち着いて考えろ家に心配かけんなっつってんだ俺は! そういうの俺に言うな鳥肌立つわ!」
――はっしまった。つい。
こいつに対しては、なるべく低姿勢で常に優しく、心配をして気遣いをしていなきゃならないっていうのに。
東条は吹き出すみたいに肩を持ち上げて、腫れてきた頬を押さえながら至極嬉しそうにほくそ笑んだ。とても嬉しそうに。ああ、ほんと、どうしようもねえこいつ。
東条は心配されんのが嫌いだ。
他人に優しくされんのも嫌いだ。
だからおよそ高校生には似つかわしくない大金を持ち歩き、きもい振りをし、頭の悪い振りをして、人様から「気持ち悪い」とか「死ね」とか言われて、あわよくば殴られて蹴られて転がされていようと常に考えている。そうじゃなければ、集団無視されて、机に「学校来んな」とか書かれて、絶望的ポジションに立っていたいって考えてる。
どうしようもない、変態。
俺はどうして、こいつと幼なじみなんだ。
「小倉が助けてくれなければ、俺はもっとあいつらにいろいろ言われてたのに……」
「うわあ」
「あ、引いた? なあ、今の引いた?」
「ドン引きだよ!」
「むかついたんなら、殴ってもいいよ」
「殴んねーよ!」
「放置プレイか……」
「……」
駄目だ、絶望的だ。
変態はなにを言っても変態なんだ。
なのに俺は、同じマンション・同じ階・隣室と三拍子揃ったこいつと連れだって毎日帰らなきゃいけないし(何故かというと、こいつの母親にうちの子がいじめられてるみたいだからよろしく頼むと泣きつかれてしまったからだ)、こいつが集団に囲まれてれば助ける振りして、実はこいつの自主的で自分勝手なSMに巻き込まれてる周りをどうにかしなきゃと思ってしまうし、とにかく東条の変態性癖は絶望的だと、俺は毎日痛感している。
***
どうしようって言ってんのが小倉くん
Mなのが東条秋久くん 名前出てきたからメモ